『パンツの穴』

 あっちゃんは、ボクが住んでいた長屋の向かいに店を構える、酒屋も兼ね
た八百屋の娘である。あっちゃんの店での我が家の買い物は、信楽焼の狸が
腰に付けている「通い帳」で済ませていた。職人であった父も、付けで暮ら
していたのだろう。
 同姓の多い田舎の町では、麹屋のとったん、紺屋のやっちゃん等と、昔か
らの屋号で呼び合っていた。あっちゃんの家もそんな屋号で呼ばれていたが
思い出せない。

 あっちゃんは2才歳上の、勉強が出来て、きれいなお姉さんだった。夏の
ある日、ボク等が普段水遊びしている、用水路の上流のN川へ行けば、綺麗
な川砂があり、黄蜆もざくざく捕れるという噂が入った。近所の子供数人連
れだって遊びに行った。あっちゃんも一緒だった。町の後背の山を一つ越す、
子供にとっては大冒険の旅だった。
 3時間も山道を歩いたろうか。眼下に平野の中を緩やかに流れる川が見え
た。噂通り、川砂のきれいな大きな川だった。ボク等は水中眼鏡つけ、底の
透けて見える川に飛び込んだ。オヤニラミやギギが水草の中にいて、驚いた
ウナギが砂底を蛇のようにうねって石垣の穴に逃げ込んだ。普段薄く濁った
用水路しか知らぬボク等は、驚きと発見に満ちた至福の時間を過ごした。
 やがて腹も空き、ボク等は草いきれする土手に上がり、銘々持ってきた握
り飯を食べた。その日、川に入らなかったあっちゃんは、ボクの斜め上の草
むらに座っていた。飯食って土手の斜面に寝転がると、あっちゃんのパンツ
が目の上に見えた。あっちゃんはパンツを2枚重ねてはいており、上にはい
たパンツに1円玉ほどの穴があいていた。
 ボクはあっちゃんが好きだった。その日、日暮近くなっても帰って来ない
子供達のことで、町内では消防団が集められたりして大騒ぎであった。

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