「初恋」 |
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小学2年生の頃、いずみ熱というのにやられ、ボクは何日も寝かされていた。季節の記 憶は全くない。やえちゃんの干し草のような佳い匂いの記憶があるばかりである。 やえちゃんは近所に住む中学生で、大人達は不良だと言っていた。ボク等がシスターボー イと言っていた町の呉服屋の息子と付き合っていた。寺の大きな楠の陰で、大人びた様子で 背を向けあい泣いているやえちゃんを見たことがあった。 白い顔して寝ているボクの枕元に座って、やえちゃんはよく本を読んでくれた。いつも宮 澤賢治の童話だったが、時々難しい詩を読んで涙をこぼした。やえちゃんはとても悲しい人 だとボクは思った。分けも解らないままに、ボクは布団を顔の上まで引き上げて泣いた。そ んな時やえちゃんは、ボクをギュッと抱きしめてくれた。やえちゃんは干し草のよう な良い匂いがした。 やがて、我が家はその町を引っ越した。ボクがやえちゃんの噂を聞いたのは、高校に入り、 小学生時代の同級生に再会した後である。やえちゃんはその前年に自殺していた。同級生は その理由やどんな風に死んだのかについて、何も知らなかった。 今に思えば、やえちゃんの死は、多感すぎた少女故であったのだろう。ほんとうに、ほん とうの愛を制御出来ないほどに持った素足の少女の、心の昇華だったのかもしれない。凡庸 なボクにはそれ以上の推測は出来ない。 それにしても、やえちゃんのことを考えると、ボクはいまも激しく悲しいのである。 |
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